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ブラジルコーヒー

2018年12月4日

コーヒーの風味を特長付ける風味として酸味とテクスチャーのコクがあります。
最近のコーヒーは、フルーティーと酸味にばかり関心が向い、サードウェーブは「コーヒーはフルーツ」と、焙煎を浅く酸味を強調します。しかし、それらは間違えると穀物臭を伴ったり、醗酵臭をフルーツと勘違いしたりする傾向も生み出しています。

 

 

 

酸は最も重要な風味であリ、酸が強いということは焙煎のバリエーションを多様にできる可能性を秘めている訳ですが、そのことを無視してカッピングの焙煎度合いに固執するのはいかがなものかとポートランドで考えてしまいました。
ケニ アコーヒーは、世界で最も強い酸を含みますので、、多様な焙煎ができ価値があります。
対してブラジルコーヒーは、酸が弱い傾向があり、テクスチャーに価値を見いだせます。
したがって浅い焙煎よりは深めの方がよいと考えます

 

 

ここ10年以上、酸に特徴のあるコーヒーを飲んできましたが、コーヒーの風味は多様ですので、たまにブラジルの濃縮感のあるコーヒーも飲みたくなります。
基本的には、生産地や品種の差異を見いだすのは難しい生産地ですが、濃厚な味が潜在するものがよいとは思います。多くは、やや埃っぽいざらついた後味、泥臭さがあるものが多くみられますが、それらのニュアンスが少なければ「よい風味」とお考えください。

 

 

毎日、繊細なブルゴーニュを飲んでいると、たまにはボルドーやカルフォルニアのジンファンデルを飲んでみるかのような感じです。
堀口珈琲がセレクトするブラジルは、「一味か二味」違いますのでお試しください。

 

 

今日は、シェラスコを食べに行こうかなかな・・・。

コーヒー店の業態-3

2018年12月4日

4.コーヒーショップ
日本では1980年のドトールが元祖で、ドイツのチボーを原型としたセルフサービスの店。
1990年以降は喫茶の衰退とともに増加した。
1996年銀座松屋裏のスターバックス1号店が誕生し、喫茶店に代わる業態として一気に拡大していった。この当時すでに銀座の喫茶店は減少していたため、スターバックは絶好のタイミングで日本に入ってきたといえる。

 

 

 
スターバックスはイタリアのバールを参考にエスプレッソマシンを導入し、ミルク入りコーヒーで、従来のアメリカンコーヒーを凌駕した。テークアウトおよびサードプレースで差別化し、その後タリーズなど多くのシアトル派チェーン店を生んだ。
コーヒーショップは、従来の喫茶店とは異なるセルフサービス業態の店を指す場合が多い。

 

 

 

初期はイタリア、フランスの業態であるバールとも呼ばれたが、最近はコーヒーチェン店といわれることも多い。またカフェチェーンというような言葉も使用されれるがこれは適切ではないだろう。
日本型チェーンは、全自動抽出マシン、アイスコーヒーマシンを使用する事例が多く、シアトル型はエスプレッソマシンおよびコーヒーメーカーを使用する。
もちろんイタリアではエスプレッソマシンしかない。
いずれにせよ、これらの店はセルフサービスであり、フルサービスの喫茶店やカフェとは区分してとらえる方がよい。

 

 

 

5.サードウェーブ系コーヒー店
米国のサードウェーブの象徴といわれた会社が数社買収されたため、このような業態区分が成立するかは曖昧であるが、その影響下で世界中に同じようなスタイルの店ができているため加えた。
サードウェーブの本質は、生豆の品質に目を向けた動きであり、スターバックスのようにショップ展開が目的とはいい難い面がある。。

 
個人的見解としては、サードウェーブは、米国ロースターの業務用のコーヒー市場に向けたスペシャルティコーヒー(SP)のムーブメントの一部分と解釈している。
スタンプタウン、インテリジェンシア、カウンターカルチャーなどはコーヒーショップ、レストラン向けのトレーニングセンターを充実させていた。それゆえに米国のSP市場は拡大したといえる。
対して日本の業務用の市場はディスカウントが多く、スペシャルティコーヒーは小売りを中心に伸びてきた。

 

 

 

2000 年代に入るとバリスタ選手権が開催され、世界的に20~30歳の若い世代にエスプレッソ、カプチーノに対する関心度が高まり、2005年頃から急速に拡大していった。
しかし、当時の日本の若い世代に起業の力はなかった。
2010年前後に米国のサードウェーブをメディアが取り上げ、米国のマイクロロースターの情報が広がり、その新しい感覚のスタイルは広まり世界的に影響を与えた。
2010年以降は、若い世代の開業が目立ち始め、業態の多様化が進んだといえる。

 

 

 

店内に焙煎機を導入し、コーヒーはエスプレッソマシンで抽出というスタイル。
サードウェーブの一部が日本のペーパードリップに関心を持ち使用し始めたため、それに影響を受けたスタンドの店なども見られる。
しかし、これらの業態は、日本では2000年の初めにから「自家焙煎店」として大きなムーブメントを形成していた。

コーヒー店の業態-2

2018年12月4日

2.コーヒー専門店
喫茶店でのコーヒーニーズの拡大の中で。コーヒーの専門性で差別をはかった店。
私の開業した1990年くらいまでは東京都内に多く見られた。
あくまでコーヒーに特化し、食はトースト、サンドイッチ、ケーキ程度で、ブレンドコーヒー以外に、マンデリン、コロンビア、ブラジルなどストレートコーヒーも提供した。
当時、東京ではオールドビーンズと炭火焙煎の2系統があり、コーヒーはネルおよびペーパードリップで抽出された。典型的な店舗スタイルは、コーヒーカップを壁面に飾り、従来の喫茶店との違いを演出した。その他チェーン展開するコーヒー専門店もみられ、1980年代までのコーヒー需要を牽引したといえる。

 

 

しかし、1990年代にはいると、バブル崩壊のコーヒーショップチェーンの拡大の影響、2000年代にはいると自家焙煎店の増加の影響下、店舗数は激減したため、若い世代にはこの区分がわからない人も多い。また、1990年代は、不況の時代で、東京23区に喫茶店およびコーヒー専門店の出店はほとんど見られなかったのも特徴といえる。
その間隙をぬって80年代から90年代はオフィスコーヒーが浸透した時代ともいえる。

 

 

 

3.カフェ
喫茶店の衰退に伴い1990年代の喫茶店衰退の時代を経て、2000年前後に誕生した新しい業態。
不況により、日本の雇用形態である年功序列、終身雇用が崩れ、リストラ、早期退職などがみられた。会社に奉仕するという価値観から、起業への転換ニーズが生まれた。
不況で店舗の保証金が半額から1/3に減少し、家賃も下がり、また、景気対策から借入もしやすくなり、多くの業種で出店のハードルが下がった。
この経済状況の変化にいち早く反応したのが、30~40代の女性であった。
彼女たちの作った店は、資金不足から手作り感がみられ、それが従来の喫茶店と異なる雰囲気を生み出し、初期は東京カフェといわれた。
ごく一部を除き東京を中心に起こったムーブメントで、そこから数年を経て全国に波及した業態といえる。(それ以前にはパリスタイルのオープンカフェという業態でカフェという言葉が使用された程度である。)

 

 

 

喫茶店の不振を目撃してきた新たな参入者は、コーヒーより食に比重を置いたもので、食事の売上比率が50%程度を超えるような店であることが多く、カフェごはんという言葉も生まれた。
2000年前半は個人店によるカフェブームであった。
メディアの取り上げは過熱し、2000年前半は空前のカフェブームを起こした。
そのためアパレル、雑貨、家具などの企業の参入が目立つようになり、2000年後半には過当競争に入り、撤退も多くみられた。
しかし、カフェ誕生から20年近く経過し、経営基盤の強固なチェーン店も多く、喫茶店に代わるカフェは多様な形態で増加した。
趣味がカフェ巡りという若い女性を誕生させ、新しい文化を形成しつつ発展しているといえる。

 

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