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Netflix

2019年5月7日

GWはネットフリックス三昧でした。

ネットフリックスには、古いアメリカンニューシネマなどは入っているのか?もう一度見たかった40年前の1969年「華麗なるかけ」(ノーマン・ジェイソン監督)を検索したらあり見てみました。画質もきれいで、スティーブ・マックイーンがあまりにドレッシーでかっこよく、フェイ・ダナウエイの衣装も当時のファッションを着こなし、スタイリッシュな感覚の完全犯罪映画で、いま見てもなかなか面白いです。ただ、著作権管理などはどうなっているのでしょう?


米国映画は、1940年代の第2次世界大戦及びその後の冷戦、1950年からの朝鮮戦争、公民権運動、キューバ危機、1963年のケネディ暗殺、1965年頃からのベトナム戦争、ドミニカ内線、反戦とピッピ―ムーブメント、さらに1969年のウッドストックコンサートがあり、同年の「イージーライダー」などのアメリカンニューシネマの登場など米国国内の社会状況の断面を切り取っていました。
1971年までが大学時代でした。


私が大学時代に書いた唯一の文章は「ハリウッド映画論」です。エリア・カザン、チャップリンその他ハリウッド映画人に対するレッドパージの時代から、スタンリー・キューブリック、ロバート・アルドリッチ、ジョンヒューストン、ウイリアムワイラーなど多くの優れた監督の時代までを書いたものです。

もちろんDVDはなく、映画は劇場か、TVでの放映でしか見れませんでした。情報は少なかった時代ですね。

映画監督になりたかった時期です。

こうしてみると、米国は、その後も1979年からのニカラグア侵攻、グレナダ侵攻、リビア空爆、パナマ侵攻、湾岸戦争、アフガニスタン、イラク戦争、そしてリビア、シリアとアメリカは常に戦争をして、映画はそれらを題材にしています。


映画は時代を映し出していますので、映画評論は、そこから監督の意図、社会的背景、問題点などを読み取り、それらに対峙し、もしくはそれらを提示しつつ自らの見解も論じつつ、評価していく作業のようなものですが、最近は評論が少なくなっています。映画解説が多いですが、それも必要でしょう。

まあ、難しいことは言わず、「アベンャーズ」を楽しんでみればいいじゃない。とはいうものの、映画評論であれば、何故このような映画が大きな興行成績を上げるのかについて考察し、論じてほしいところです。

1990年、この仕事を始める前に、20年かけて揃えた映画関係の貴重な蔵書を神保町の矢口書店(映画、演劇、シナリオなどの専門古書店)に赤帽のトラックで送り付け売りました。雑誌も含めると相当数でしたので、当時のお金20万円弱で買い取ってもらった記憶があります。

売るのはかなりもったいなく、相当悩みましたが、「店の開業にあたってのけじめというか覚悟」があったと受け止めてください。

オーディオとBluetooth

2019年5月7日

これまでの人生で一番長かったGWを体験しました。
長いか短いか?よかったかわるかったか?人さまざまでしょう。
なるべき何もしないように心掛け、ずっと東京にいました。
金融にに混乱が生じず、よかったと考えています。

映画は、ネットの時代になり、最近はNETFLIX、プライムビデオなど様々ですし、音楽もiTunesその他あり、これまで買ってきたDVDやCDや再生機器はいつまで生産されるのでしょう?
CDやDVDは転売するにも価格が安いでしょうから、先日不要のDVDを燃えるゴミで出してしまいました。


30~40年前はレコード(LP)を処分しましたし、10~20年前はビデオテープを処分しました。CD、DVDはどうすればよいのでしょう?ブックオフ?メルカリ?


あっカメラも同じですね。オリンパス、キャノンの一眼レフ4台と望遠レンズが捨てられず残っています。フィルム自体が売られていませんので価値はないでしょうね。

2002年にはデジカメを海外に持参していますが、2000年以前はフィルムでしたのでネガ(フィルムを現像し、被写体の明暗や色が反転した画像フィルム)がたくさん残っています。現像代も高く、1枚の写真を撮るのに神経を使いました。


これらは本と同じでことで、そのCDやDVDのパッケージ、写真を見ればその時代を思い起こします。自己の立ち位置や精神状況などの歴史を振り返ることができます。


電子化は、合理性を選択するか?コレクター的な志向を選択するか?の分かれ目になりそうです。
私は、「断捨離」とか大嫌いですので、モノがたまります。


コレクター志向の私は、LPを録音したカセットテープが600~700本(1本にLP2枚分が録音できます)程あります(ジャズのブルーノートレーベルがほぼ録音されています。当時は、録音しながらかなり聞きましたので、ピアノトリオであればだれのピアノかぐらいはわかりました。これらは全てラベリングされ、データも整理され、オリジナルの家具に収納されています。いまでしたらパソコンの中に整理されるのでしょう。
音質は?ですが。もはや、この無用の長物のようなものは、存在すること自体に意味があるように感じてしまいます。人は馬鹿と思うでしょうね。


我が家には、レコードプレーヤー、CDプレーヤー、カセットテープデッキ、DVDプレーヤーとアンプがあり、スピーカーに接続されていますが、このようなオーディオ機器も古典的趣味の領域に入ります。
若い時に高くて買えなかったオーディオ機器(給料より高かった)を中古市場で見つけたときは、あまりの安さに即決で買いました。

先日スピーカーをもらいましたが、携帯から飛ばすのですが、携帯で音楽を聴く習慣がありませんので、面白くなく使っていません。音質も悪いですし。

時代は、CD、DVD、書籍、フィルムという旧体質の文化から新しい文化として電子化や機能性への移行方向にありますが、文化に投じるお金は減少傾向にありますので、作家やミュージシャンにとっては厳しい時代でだと思います。




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