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内々定とコーヒー育

2019年5月22日

ここ2~3年大学の新卒の就職は、過去最高レベルの売り手市場と考えられます。志望動機は、その時代を反映しています。

今年もすでに、内々定が50%を超えているのではないかと推測され、6月にはさらに増えると考えられます。


志望動機は、2010年の「やりたい仕事ができる、安定している、働きがいがある、社風がよい」から、2020年は「安定している、やりたい仕事ができる、給料がよい、これから伸びそう」と変化しています。


10年前に比べると、安定性を求める傾向が見られるのかもしれません。この時代背景と起業との相関性は、1991年のバブル崩壊、2000年時の経済状況などを考えれば、ある程度推測できます。



ここ2年間の飲食業全体の出店数は鈍化していますので、それに伴い個人店の出店の鈍化は以前書いた通りです。

反面、「働き方改革」以降の近い将来には、起業が増える可能性は増すと推測しています。



人気企業の100社(学情参照)を見てみると、食品関係が多いのに気づきます。知名度が高いこともあるのでしょうが、約20%を占めています。
東証1部の上場企業の「食品」区分が約100社で、そのうち20社ちかいのですから、人気の高さが際立ちます。



しかし、ここにコーヒー会社が入り込んでは来ません。
キーコーヒー(株)、(株)ユニカフェは1部上場ですが、最大手のUCC上島珈琲(株)は非上場です。

人気がないわけではないでしょうが、UCCや一部の大手を除くと、全体的に売り上げ規模が比較的小さいこと、ごく一部の企業しか知明度がないこと、コーヒーに関心がないことを意味しているのかもしれません。
市場には、コーヒーが氾濫しているにも関わらず不思議です。

もっとコーヒー業界に来てほしいですね。
業界は、川上の専門商社から、川中のロースター(焙煎会社)、川下のコーヒーショップまでありますので、自分の適性を考え選べばよいと思います。


世界的に見れば、コーヒー研究は、あらゆる食品の中でも最も多いのではないかと思われますが、2年に1回開催されるASIC(国際コーヒー科学会)で日本人が発表する事例は極めて少ない状態です。2016年の昆明(中国)での口頭発表は0で、2018年のポートランド(米国)では、サントリー、UCC、堀口の3者が発表したのみでした。

日本の食品関連の学会に出席しても、コーヒーに関する研究発表はほぼありません。たまに香りの発表があるくらいです。
各大学においても、コーヒー研究はほとんどされていませんので、そのようなところにも関心度の少なさに影響しているかもしれません。


食の幅広い専門分野の農大にいても、コーヒーに強い関心を持ち、コーヒー会社に就職したいという学生にはなかなか遭遇しません。


と言いつつも、、私の周辺の生豆業界には農大出身者は何人かいます。
一方、学会に行くと、コーヒー関連会社の研究開発部門に院卒者が増えてきているのも感じますが、もっとこの業界に来てほしいものです。

その意味でも、「コーヒー育」が必要と考える今日この頃です。


サードキャリア

2019年5月22日

大学を卒業し、16年アパレル会社で働きました。
一般的にはこれが「ファーストキャリア」です。入社時は、日曜のみ休みで、土曜は半ドン(午後が休み)でした。今とは大違いです。

ですから、山には夜行日帰りでした。新宿発23時55分発の中央線普通列車で早朝に塩山や小淵沢で降りて、バスなどで山に向かったものです。


山頂でインスタントラーメンなどを食べ、昼過ぎには下山していくようなスケジュールでした。登山シーズンにはかなり込み合い、段ボールをひいて床に横になったりしていました。月曜には会社に行くのですから、かなりハードでしたが若かったんですね。

20代の頃には、テントをしょってよく一人旅もしていました。
その時は日本地図を見て、日本の岬の突端に行くのが趣味で、電車、バスを乗り継ぎ、最後は徒歩で向かいました。
若かったんですね。

早朝に、神宮のテニスコートでテニスをしていたのもこのころで、6時から8時までプレーし、9時には会社に行っていました。
コナーズ、ボルグ、マッケンローの時代で、まだ木のラケットの時代でした。
若かったんですね。


話がそれました。


会社を退社し、3年間ほどバイトや充電をし、40歳で堀口珈琲を立ち上げ約25年間働きましたので、これが「セカンドキャリア」ですね。


当時新橋で最も忙しい店を見つけ、そこでアルバイトをしましたが、生き残った喫茶店でした。この仕事に参入するうえで、どこまでできるのか?肉体の限界を確認するためでもありました。

刃先の長い牛刀で食パン1斤を薄く8枚にスライスしましたので、もはや上級スキルでした。この経験があったので、店では注文を受けてからスライスしていましたが、今では忙しくそこまではできません。


ナポリタンは、必ずトマト―ソースを作っておいて、ケチャップで最終的な味の調整をしていましたので、他よりはおいしいものでした。


アイスコーヒーは、1ポンド用やぐらにネルをセットし、1ポンド(実際は500g)のコーヒーで5リットルくらい抽出しました。


出前も多かった時代でした。
1日100杯くらいは出たでしょうか。これより前の時代はもっと多かったはずです。1990年に自分の店を立ち上げたあとに、衰退しつつくある店の支援もしました。その時の帳簿を見せてもらいましたが、全盛期は100杯以上の出前は当たり前でした。今では、想像もできませんね。


喫茶店では、食洗器がなく、あまりの忙しさに腱鞘炎にもなりましたが、この店で1970年以降に隆盛した昭和の喫茶店の原型を確認しました。


堀口珈琲の話はカットします。

話がそれました。


その後大学院に入学し、卒業し、ここからが「サードキャリア」ですね。最終的には、40年以上も働いてきたんですね。


大卒の場合であれば、せめて43年働いたら(65歳)、報われる社会にしたいですよね。政策とは、そのような仕組みを先に考え、それを実現するためにどうすればよいのかを考えることでしょう。


世の中では、セカンドキャリをどうするかが議論されますが、私はサードに突入するわけです。あまり多くの方が体験していない領域に踏み込むことになります。


ここからは、フィジカル、メンタルの面で、できることは限定されるかもしれません。何かを還元していくような活動になるでしょうか?大袈裟に言えば「コーヒー産業のサスティナブル」とか、「コーヒー育」とか、「生涯学習」とかがベースにならないと面白くないと感じてもいます。


「コーヒー育」は、特に重要で、最近は高校、大学でのコーヒーの啓蒙が必要と考えています。このままですと、10年後にコーヒーを飲まない層が拡大すると危惧してます。タピオカは意外に強力な嗜好品になるでしょうね。

先生方、ご要望があれば、高校、大学に伺いますのでご連絡くださいね。



アジア圏の消費が伸びているからコーヒー産業は安泰といわれるかもしれませんが、とんでもありません。品質に基づく市場が成熟するには10年以上かかりますので、その時には生産と消費のバランスは壊れている可能性がありますので、単純ではありません。

コーヒーを学ぶことは、世界の社会状況を学ぶことにつながりますので、重要であるわけです。

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