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地産地消とオーベルジュ

2017年3月9日

ファーストフードの利便性に対し、食育の必要性は増しています。
1980年代からのイタリアのスローフード運動は、郷土料理の復興のための地産地消、生産者保護、子供に本物の味を伝えることで、自国の食文化を守る運動として活動が顕著になり、世界中に影響を与えました。
パルマの生ハムやパルミジャーノなど有名です。
我が家では、必須アイテムです。

 

 

イタリア人はコーヒーに対してもうるさく(うるさいだけで味はよくわかっていない場合が多いですが…)、ローマではBARは半径500m以内に多くあります。もちろん営業権があり出店に制約があります。
今はわかりませんが、よくイタリアに行っていた時期は、外国人がBARを作ることはできませんでした。
ローマのバリスタは男性の仕事でしたが、最近はエアポートなどを中心に女性も見かけます。
又、多くのBARで使用されている豆は様々な焙煎会社のもので10店回っても同じものがないくらいでイタリア全土の中小焙煎業のものが多かったと記憶しています。
但し、今は日本と同じように寡占化の方向にあり、ラバッツアやイリのシェアが拡大しています。
これらはイタリアの国内に限ったことではなく、ユーロ圏のフランスや北欧でもラバッツアのコーヒーをよく見かけます。そのため北欧のSCAEの焙煎業者が、バリスタ選手権を開催したのもシェア確保の一面もありました。

 

 

またイタリアにおける焙煎度合いもミディアム程度のものが多く、深くてもせいぜいシティくらいでしょうか。
最近はローマにもイリの直営ショップなどもでき様変わりしました。
20年前には、ローマのコーヒーはロブスタ主体でアラビカ100%のイリのコーヒーを使用する店はほとんどなかったのですから、保守的なイタリア人の嗜好も変化したように感じます。

 

 

話しがずれましたが、日本の食育は服部さんやシェフでは三国さんが早くから取り組み、様々な側面から食文化について活動をしています。私の所属している食品科学研究室の教授も、学生とともに近隣小学校での味噌つくりなどの食育関連授業を行っています。

 

 

また地産地消は、山形県鶴岡のイタリアン「アル・ケッチャーノ」の奥田シェフが有名です。
初期は農家の野菜ををすべて買い取るようなところからスタートし、私が行ったときは飼っているヤギのモッツレラチーズなどもありました。奥田さんの東京店は、東京銀座の「山形サンタンデル」があり、食べたことのない野菜が多種、庄内の魚も出てきます。山形産のワインや堀口珈琲も飲むことができます。
三國さんの「マルノウチ」では、かなり前から東京野菜を使用し、最近はかなりの種類の野菜を扱っています。世田谷は、大蔵大根が有名ですよ。
残念ながら三国さんはあまりコーヒーには関心がないようです。

 

 

 

今では地産地消をうたうオーベルジュ(食を楽しむための宿泊施設もあるレストラン)も多くあります。
その道筋を作ったのが勝又さんです。
箱根の「オー・ミラドー」は、1986年開業で日本最初のオーベルジュで、オーナーシェフの勝又さんは「ビストロ・デラ・シテ」の後、六本木で「オー・シザーブル」でシェフをし、その後移住しました。
宿泊施設が増築されるほどの支持を得ています。
箱根での初期の料理は、ベーシックなフレンチでしたが、徐々に地元の食材を多用することにより料理の幅が広がっていったように思います。

 

 

 

日本のビストロの草分けの「オー・シザーブル」は、幾多のシェフを輩出しています
まず内臓料理の大御所である銀座5丁目「マノアールダスティン」の五十嵐さんがいます。
私はこのレストランで、フランスの脳みそや髄などの料理を食べましたが、もはやそのような料理は食べることはできません。
五十嵐さんとの付き合いは青山の「アンフォール」時代からですので、もう20年近くになるでしょうか?
長いですね。アンフォールは、アミューズにブータンノワールが出ました。

 

 

恵比寿と広尾の中間の明治通り沿いの「アラジン」の川崎さんも出身者で、ジビエも得意な方で、血のソースのカモを食べました。強烈なインパクトを受けたのを覚えています。
当時はニューオータニにある「トゥール・ジャルダン」くらいしでしか食べることができませんでした。
(尚、アラジンと同じビルに原田さんのイタリアン「アロマフレスカ」がありました。移転していますが。)

 

 

 

六本木「ブルギニオン」の菊池さんは「オー・シザーブル」のあとに五十嵐さんの「アンフォール」で働き、独立しています。「アンフォール」時代に知り合い、何度か「ブルギニオン」に食事に行きましたがもう10年お邪魔していません。ラバッツアのコーヒーとブルゴーニュワイン好きのシェフです。

 
ブルゴーニュ好きのシェフで思い出しましたが、先日世田谷通り上町付近にあるフレンチ「しらとり」さんの店の前を通りましたが雰囲気が違っていました。確認したところ、理由はわかりませんが4年前に閉店したようです。
カウンターとテーブル席の小さな店でしたが、白鳥さんは伝説の「ビストロ・デラ・シテ」と乃木坂の「フウ」のシェフを長く務めた方で世田谷の店も流行っていました。
全盛期は西麻布に「ロワゾ―・ブルー」という店もやっていて、年商○○円あるというような話をしたことがあります。
ワインは、ブルゴーニュという方でワインの趣味は一緒でした。
「しらとり」は1992年開業で、私の店がまだ現世田谷店の2階の頃、千歳船橋から自転車で世田谷通りを突っ走りコーヒーを運んでいました。私も若かったですね。その後食材を輸入する際にコーヒーも輸入する?ようなことで、少し疎遠になりましたが、自宅からも近くよく行った店です。

 

 

 

また、世田谷・三軒茶屋のイタリアン「グッチーナ」にもコーヒーをチャリで運んでいましたが今は取引がありません。最近店名が変わったようです。
ここのスパゲティは、アルデンテよりはるかに硬く、おそらく日本で一番硬かったと思います。
イタリアでもこんなにも硬いスパゲティは食べたことがありませんでしたので、いまだ記憶に残っています。

 

 

 

乃木坂の「フウ」も日本のフレンチを語る中で欠かせない店です。
千代田線「乃木坂駅」ミッドタウン方向の出口の階段を上がるとすぐ右手にあります。
1980年開業の老舗で、2012年からミシュランの一ツ星をとっています。
エスプレッソのみ堀口珈琲を使用していただいています。
この店も歴代著名なシェフを輩出しています。
前述の白鳥さん、その後恵比寿の「サリュー」の森本さん。
お世話になった「フウ」のソムリエだった鳥山さんが開業したのが「サリュー」でしたが、2015年の年末で閉店したようです。人気のある店でしたのに、知らずにいました。
昨年金沢に引っ越されたようです。奥様、不義理を申し訳ありませんでした。

 

 

その後、2001年から「フウ」のシェフは、フランスから帰って間もない下村さんに代わりました。
下村さんは2007年に「エディション・コウジシモムラ」を六本木1丁目に開業し盛況中です。
2008年にミシュラン二つ星となっています。

 

 

 

「ル・マンジュ・トゥー」の谷さんも「オー・シザーブル」出身者ですね。
勝又さん、白鳥さん、川崎さん、谷さんもみな60歳過ぎだと思いますので、元気にやってほしいと思います。

 

 

ミシュランが日本のレストランに星を付けるようになったのは2007年からでしたが、~~~~~続く

 

プジョーと伊勢丹

2017年3月7日

~~~しかし、バブルの崩壊、リーマンショックを経て育ってきた世代の一部、もしくは20年以上のデフレは、その他多くの世代に物への執着を減少させてきているように感じます。

 

 

欧州車メーカーは、プジョーとシトロエン(仏PAS)、ルノーと日産が合併し、さらにPASはドイツの小型車で個性のあるオペルの買収に向っています。
すでにスエーデンのボルボは中国に買収され、錦織君の好きなジャガーは、ランドローバーと共にインドのタタ(コーヒー農園も所有している財閥)に買収され、英国の車は事実上ないような時代になっています。

 

 

しかし、車は資本統合の中で「モノ」としても魅力を一部失いつつあることも忘れてはなりません。
車を移動手段としてみれば安全性や燃費が重要になりますが、車を運転する楽しみから見ればデザインや運転性能の愉しみの方が重要になります。
プジョーやシトロンエンなどのフランス車の個性は、すでに15年前には失われてしまったように感じます。

 

 

以前乗っていたプジョー306のカブリオーレは、ピリンファリーナがデザインした車で、フィアットの124スパイダー、多くのフェラーリ、国産では60年代の古いブルーバード、80年代のホンダシティのカブリオーレなどがあり、それらはみな工業デザインとして優れたものだと思います。
306はカブリオーレでありながらハンドリングはきびきびし、国産車にはないスポーティーさを備えていました。現在載っているプジョー最後の日本5ナンバー枠にはいる206は、デザインや運転性能では国産車と大きな違いを見いだせません。
世田谷の狭い路地を走るには貴重だとは思いますが…。

 

 

シトロエンなどは、もはや昔の車とは別物のようで、「こだわり」がなかなか理解されない時代になってしまったように感じます。このようにいうと多くのメーカーからお叱りを受けるのかもしれませんが、とびぬけた特徴が少なくなっているようには思います。
スポーツカーは、昔乗れなかったおじさんたちが買う車になっているかのようです。
時代は「モノ」から「コト」にシフトし、「コト」には低コスト感も漂います。
大学に在籍している立場から見れば、大学生の卒業旅行もヨーロッパからアジア、日本国内にシフトしています。地方から東京の大学に通わせるには、かなりの金額がかかりますし、2人同時であれば私学の授業料のみで年間250万円程度かかります。
奨学金受給者はその返済に明け暮れるという問題もクローズアップされてきています。

 

 

 

海外からの旅行者も2400万人(2016/中国、韓国、台湾、香港で全体の73%))と増加し、画一的なパターンは減少し、外国人はどこにでも出かけていくようになっています。
興味のある体験を求める旅行者を日本中様々なところで見かけるようになりました。
また旅行目的も中国の爆買いはなくなり、銀座ラオックスの売上は激減し、百貨店の売上にも影響しています。2回目は異なる目的に変化しているのでしょう。
伊勢丹の売上減少は、婦人服の売上減少が大きく影響し、ファストファッションの売上増と反比例するかのようです。イケアやニトリの隆盛は、高級品との中間領域の商品の存在を難しくしています。私がいたアパレルの厚生年金基金は、加入者より需給者が多くなり破綻しています。

 

 

メンズは大手のレナウンがすでに中国企業傘下となり、三陽はバーバリーを失い失速し、ユニクロやしまむらで約35%のシェアを持つに至っています。アパレル売上上位10社で約70%程度のシェアと寡占化し、それはコーヒーの焙煎業と同じ構造といえます。
TPOの概念は崩れ、おしゃれをするという感覚が減少しているのかもしれません。
モノでいえばその良さを理解しえないか?それらを買う余力がないか?限られたお金の使い道が多様化しているのか?でしょう。

 

 

百貨店が廃業したり、場所貸し業に移行しつつある中、百貨店の売り場作りにこだわり、メンズ館を立ち上げ、バーゲン時期を遅らせたり、就業時間や正月の営業日数を減らすなどしてきた伊勢丹の大西社長の退任は、それだけ消費の多様化と厳しさを表す出来事のように思います。
個人的には、昨年4月からiカードが優待制度(食料品などは除外で別ポイント)からポイント制に移行したことも心理的な影響が大きかったのではないかとも感じます。
基本5%割引で、年間50万以上の買い物で次年度8%、100万以上の買い物で10%その場で優待でした。
伊勢丹催事の販売手伝いの際は、メンズ館のマーガレットハウエルでジャケットやシャツを買い其れを着つつ販売していました。

 

 

銀座に東急プラザができ、ロッテ免税店は静かのようですし、(ソウルの免税店も同じです)銀座松坂屋跡地に4月開業予定の「ギンザシックス」は、巨大で周りを圧倒しそびえ立ちますが、どうなるのでしょう。
10年間行った開業セミナーでは、「消費の拡大が無い中では、どこかが売り上げを伸ばせばどこかが減るのは当たり前」と話してきましたが、今もそれが繰り返されている訳です。
新たにオフィスビルができれば、新たな需要の多くは他からの移転であり空きができ、賃貸アパートも同じように需要の拡大がない中家賃は下がります。
レオパレスの家賃一括保証は維持できなくなります。

 

 

食も最高級からファーストフードまでその価格差は拡大しています。
同時に食への関心の低下を感じざるを得ません。
食べることに関心が無ければ、もはやあきらめるしかないのですが、最近は食べることに関心がありながらもおいしさを理解できない層が増加しているのではないかと危惧しています。

 

 

食は3代といわれ、祖父母の代から受け継がれるもので、自分自身だけでは身に着けることのできないもので、それゆえに素養であり、教養だと思います。
辻芳樹さんの受けた英才教育はやや特別ですが。
「おだしの薄い味を小さなときに体験して味わっていないと大人になってからその味を理解できなくなる」というのは知人の京料理の後藤先生のいつものことばです。

 

 

東京より田舎出身者(海が近い方よい)の方が素材の味をわかり優秀なシェフが生まれる可能性があるのではないかというのが持論です。
しかし、家庭での日本食文化は崩壊過程にあり、すでに30年前には森田芳光監督が「家族ゲーム」で横並びの食事シーンをといり、さらにその後、忙しく家族が食事を一緒にしない食生活も広まり、外食よりも中食が広がっています。
土井義晴さんは一汁一菜でいいから作りなさいと唱えています。
米と、みそ汁とおかず、そのあとの煎茶などという文化もなくなりつつあります。そもそも急須が家庭になくなり、ペットボトルに代わってきています。ネスレのアンバサダーには、煎茶などのカプセルさえあります。
ついでに言えば、ご飯の食べ方も、ご飯とおかずを交互に食べず、残った米だけを食べるような食事風景さえ見かけるようになりました。

 

 

 

このような時代の中で、モノの価値判断基準としての品質、おいしさとしての味がわからなくなりつつある時代に直面しつつあるのではないかというのが今日のテーマです。

 

 

ファストファッションの品質が良くなった、コンビニのコーヒーがおいしい、FFのコーヒーがおいしくなったとささやかれるのは、幅広い消費者に受け入れられているということも意味しますので、それはそれなりの意味はあります。それらの比率が大きくなりすぎてしまうのは健全な状態ではないと考えます。

 

 

アラビカ種に対しロブスタ種の生産比率は、私がこの仕事を始めた1990年の30%から増加し、今は40%を超えつつあります。ベトナムを中心にブラジル(アラビカの方が多いが)、インドネシア、西アフリカ諸国などで生産される収穫性の高いコーヒーです。
酸味がなく、苦く重い濁り感のあるコーヒーで価格は安く、インスタントや缶コーヒー、安いレギュラーコーヒーとして使用されています。
コーヒー生産量が需要に追いつかなくなるような時代に直面し、ロブスタの生産も重要ですが、それらが増え過ぎると、アラビカの価格に影響を与え、流通するコーヒーの香味に影響を与えます。コーヒー産業の維持という観点から見れば、ロブスタ、アラビカコマーシャルの輸出規格の上位、下位等級のもの、そしてスペシャルティとハイエンドのスペシャルティなどの多様な商品群の品質が明確になり、ワインのように適切な価格で市場で共存していくことが望まれます。

 

 

「価格の割にはほどほどの味でおいしい」、「もっとひどいコーヒーが多いのでおいしい」「嗜好品としてこれで十分、これ以上のものは求める必要が無い」ということであればよいのですが、「ほどほど以上の香味を理解できない」という消費者が拡大するとちょっと問題になります。

 

 

これまでは、よいものに接し、さらによさを理解できるようになる体験を当たり前と考えていましたが、現在はこのような段階を経てよいものやよい味にたどり着くということが少なくなってきたかのではないかと感じるようになりました。

そもそも良いものを求める余裕がなくなっている側面もあるでしょうが、そもそも良いものが何か?わからない人が増えているのだとすると厄介な時代になったといえるかもしれません。

 

 

今朝の朝日新聞に、プジョーと伊勢丹の記事がありましたので、最近感じていることを一気に書いてしまいましたので、脈絡のなさはご容赦ください。

 

 

生意気といわれそうなのでこの辺でやめておきます。

雨の鎌倉、葉山

2017年3月6日

15年間セミナーを行ってきましたので、その受講者は多く、そのつながりのある方々で開業の希望者も多くいますので、物件を見に出かけました。
最近の一部の観光地はみな人が多く、鎌倉は異常なほどです。
私の若き時代は落ち着きのある観光地でしたが….その面影はなしですね。

 

 

葉山は御用邸、昔から保養地としての各企業の施設が多くあります。
やや不便ですので静かですが、湘南の中心地でもあります。

 

 

ここは江ノ電の長谷。大仏と長谷寺で有名です。

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idobata では堀口珈琲が飲めます。

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woof  curryではLCFメンバーの北鎌倉「いしかわ珈琲」のコーヒーが飲めます。

 

 

 

スクーリング

2017年3月6日

昨日は大学院のスクーリングがありました。
20名の教授の前で30分間の研究報告プレゼンテーションで。
様々な専門ジャンルの教授たちから様々な角度から質問を受けます。

 

ビストロ創生期

2017年3月1日

日本で予約の取れないレストランはいくつかありますが、最近ではキャンセルが発生するとメールで連絡がきます。但し、当日や翌日の空席であまりに急であることが多く、連れ合いの確保も必要で簡単に行くことはできません。

 

 

 

世界一予約の取れないといわれたスペインの「エル・ブジ」はすでに閉店しました。
とにかくおいしさよりも衝撃を優先したかのようでしたので表現が限界地点に到達してしまったのかもしれません。この店の出現は料理界では大きな転換期で、そのあとを継いだかのようにデンマークの「ノーマ」が脚光を浴びました。食べてみたいのですが、写真集で我慢しています。西洋絵画でいえば、印象派からいきなりダダイズムに行ったような飛躍です。

 

 

この2つのレストランの後に、「世界ベストレストラン50」の1位になったのは、2015年はスペインの「エル・セル・デ・カン・ロカ」、そして2016年はイタリアモデナの「オステリア・フランチェスカーナ」で、料理はモダンアートとして昇華されつつある印象です。日本の「NARISAWA」さんは8位にランクされ、日本及び西洋料理の枠を大きく超え、新しい料理の表現領域に入っていることを示唆します。また先日のアジア50レストランでは、第1位になっています。

 

 

 

日本における街場のレストランのフレンチは40年の歴史の中で、今輝きを放っていると感じます。他方、伝統的というか、古典的といえばよいのか、20年前まではまだ生き延びていたスタンダードな料理は、影をひそめました。牛の赤ワイン煮、ニソワーズなどはどこにでもありますが、ブータンノワールなどのソーセージやダブリエドサブー(牛の胃袋のあげたものあ)などの内臓系の料理はまれに見かける程度、脳みそや髄などは狂牛病以降見なくなりました。又、フランス人の大好きなクスクスなどは食べることができるところは少ない印象です。単純なスズキの網焼き、エスカルゴのクリームソース煮なども見なくなりました。

 

 

 

逆に言えば、日本でもフランス料理は細分化され、ビストロとレストランの料理の違いが明確になり、進化しているのでしょう。食の構成も前菜、メインという基本的な構成から、5皿~10皿と料理の幅で表現する方向も多く見られるようになりました。

 

 

 

「コートドール」さんなどでは、一皿の量の多さから、2人で一皿とシェアする顧客も見かけます。そうすると2人で1人前で完結してしまいますので、本来の形からはずれてきているといわざるを得ません。このようなことは、日本のトップレベルのフレンチでさえ見かける光景です。
シェアしたいという気持ちはわかりますが、場所によっては好ましい光景とはいえないでしょう。
このような時代の変化の過程で、その料理の提供のしかたは少量多種のコースメニューに移行してきています。

 

 

私がフレンチを食べ始めたのは、昭和51年(1976年)でサラリーマンになり5年目からです。
当時はホテルの料理は、素材の味よりもソースで味付けた古典的フレンチでした。
それらは、ドゥミグラス(フォンドボーにマデラ種などで煮詰めた)、オランデース(卵黄とバター)、ベシャメル、私の大好きなアメリケーヌ(甲殻類の殻やみそを炒め、ブランデー、魚のダシなどで煮詰める)、などソースの時代を反映した料理でした。

 

この当時は、街場にレストランと呼べるような店はなく、ビストロの創生期でした。ここから日本のフレンチは発展していきます。

 

 

 

当時の大卒の初任給は6万程度?でしたので、(私の初任給は4万)当方の給料もまだ安く.1回1万円のレストラン出費は月に1回に限られました。スーツも今のように安いものはなく最低3万円はしましたので買うと生活できない状態でした。(今の価格でいうと10万以上の感覚でしょう)現在は衣類も食事もものすごく安くなりました。
(この安いということには、消費者にとって歓迎すべき点もありますが、反面どこかにそのしわ寄せや問題をはらんでいる可能性を意味しますが……..。)

 

 

 

何でこんなことを書いているかというと、昔の領収書の一部が出てきたからです。
40年もたつと資料としての価値が出てきますね。
明細を見てみるとワインを控えて一人1万円弱くらいに費用を抑えていたのがわかります。

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当時はワインの流通も少なく、白ワインのシャブリあたりが高級品でしたので今から思うと隔世の感があります。
また、ワインもきちんとしたテースティングは確立されていなかった時代です。そもそも日本によいワインが流通していたとは思えませんし、又流通していたとしても今思えば状態がよいとはいえなかったとも思います。

 

 

しかし、それでも40年前に一人あたり8.000円くらいは出費していますから、現在のフレンチと価格が変わりないともいえます。当時喫茶店のコーヒーは200円程度だったでしょうから、当時としては料理の価格はかなり高い金額でした。したがって個人の食通よりも接待も多かった時代とも思います。

 

 

 

初めて選んだ店は、フレンチではなく、六本木のスエーデンセンター地下の「レストランストックホルム」のスモーガスボード(バイキングの正式名)でした。
現在は赤坂に移転していますが、当時の面影はかなり薄れています。
ニシンから始め、冷たい前菜、温かい前菜とたべすすむとかなりのボリュームがあり、ホテルのバイキングとは質、量共に大きな差がありました。この後から、ビストロ食べ歩きが始まり、今に至っています。

 

 

西麻布の「フィガロ」は記念すべき初めてのフレンチで、いまだにウズラの味を覚えています。ウズラって食えるのか?のような世界でした。「レストラン・プロバンス」、こんなにでかいスズキ、、、「ビストロ・デ・ラ・シテ」西麻布のビストロ創生期を代表する店、、、「ビストロサンノー」赤坂のビストロの元祖のような店、、、「イルドフランス」青山の旧ドンクの地下にあった、、、、「ムスタッシュ」など、今は亡きなつかしい幻の名前が領収書から出てきます。
このころは、少し背伸びをしつつ日本のフレンチの歴史の創生期に立ち会いました。
当たり前でしょうが、40年前と比べると、現在は食材の差、料理やワインの質は驚くべき進化を遂げています。レストランの数もあまりに多く、東京は世界屈指の美食の都といえるかもしれません。
52.07.18 シャドネー      19.320

52.06.23 ビストロ・ムスタッシュ   13.640

52.03.24 LIE de FRANCE 17.160

52.0125 BISTROT DeLA CITE  12.780

51.08.12 レストラン PROVENCE 14.160

51.07.02 FIGARO     15.660

51.06.00 ビストロ サンノー   10.890

51.04.28 STOKHOLM   16.320

月に1回くらいのペースで食べていましたが、領収書の日付がわからないもの、読めないものも多くありましたのではぶきました。(2人での料金)

 

 

しかし、バブルの崩壊、リーマンショックを経て育ってきた世代の一部は、….. 続く

寡占化

2017年2月28日

日本生産のワイン国内シェアは5%程度(多いような気もしますが)といわれ、最近は国産ワインに注目が集まっています。主要なワインメーカーはすでに大手ビールメーカーの傘下にありますので、業界は寡占化の方向に向っていると感じます。

 

 

 

10年前はブドウ農家の継続が難しいと言われていたことを考えると、大きく変化したなと感じます。これには山梨の甲州種が日本固有の品種と認められたり、きいろ香(柑橘系のような)を見出した富永博士、和食に合うと盛んに述べていた田崎さんや、フランスに醸造を学びに行ったワインメーカーなどの積み重ねによるのでしょう。

 

 

 

甲州種については、過去この日記のブドウのテースティングで書いてきましたが、日本では最後のほうに収穫されるブドウで、種があり食べにくく食用の流通には乗りにくいブドウです。
しかし、とてもおいしいブドウで、その年の締めによく食べます。

 

 

 

それまでの日本のワインは、地場のブドウが使用されることは少なく、安く輸入したワインを使用したり、混ぜたりしたものが多く、産地のブドウ100%のワインは例外的でした。
ここから、昔の長野の田中知事が進めた2000年代初期の原産地呼称制度などは、国産ワインの品質向上に寄与していると思います。

 

 

 

その後、長野で玉村さん(昔ワイナリーを作った頃対談しました)のように自分でワイナリーを作る人も生まれ、最近では日本各地で追随する人が増えています。
ちなみに玉村さんのワインは早い段階で売り切れてしまいます。

 

 

 

しかし、中小ワイナリーの経営は、おそらく楽ではないでしょうから、観光農園としてレストランを併設したり、試飲会をしたりと多様に活動しているように思います。

 

 

 

日本では、山梨の甲州種を初め、昔からのベリーAやフランスの品種であるカベルネソービニヨンやメルローも作っています。先日北海道でピノノワールを作っている生産者とも会いましたが、この品種はなかなか難しいかもしれません。
日本の地場品種100%ワインの価格を見れば、日本酒よりは若干高くなりますが、それでも7000円を超えるものはほとんどなく、5000円でもかなり高い部類に入りますので、栽培から一貫して作ると、かなり大変な工程の割には安いと感じます。

 

 

 

ボルドー大学醸造化を経た中央葡萄酒・ミサワワイナリーの三澤彩奈さんの発泡酒は7000円で、多くのフランスのシャンパン価格と競合します。
勿論、生産量の少ない希少品ですので、今の時代であれば売れるでしょうが香味でも対抗できなければなりません。甲州ブドウがシャンパーニュ地方のシャルドネやピノノワールに対抗できるのか?少し応援したくなる気分です。
この発泡酒は、非常に辛口で冷涼感というか、どっしりしたインパクトのある発泡酒でした。
心意気とでもいうのでしょうか? 甲州のワイナリーを旅したことがありますが、栽培から一貫した生産は大変で、その労力や情熱に頭が下がる思いです。

 

 

 

国産ワインが、ビールメーカーにより寡占化される方向のように、コーヒー焙煎業も大手10社で70%程度のシェアがあり寡占化の方向にあるといえます。
1981年に150.000店以上あった喫茶店は約70.000店に減少し、そこを販売基盤としていた中小焙煎業は過去20年で100社程度減少(推定)しています。
反面、自家焙煎店は2000年以降増加し、その数は4000.とも5000店ともいわれ、家庭用の需要の拡大に寄与しています。
又、2000年以降は新たな業態としてのカフェも誕生し、2010年以降はコンビニ50.000店、FFやFR、職場、ホテルなど様々な場所で日本のコーヒー消費を支えています。

 

 

しかし、スペシャルティコーヒーの登場に反し、ロブスタ種の生産も拡大しています。
私がこの仕事を始めた1990年はアラビカ7:ロブスタ3でしたが、現在はアラビカの比率は6を割る方向にあります。アラビカの中でも高品質のものから低品質のものまで多様となり、それらは様々な場所で使用されているわけです。

 

 

 

成分分析 たんぱく質-6

2017年2月20日

最後はたんぱく質です。
たんぱく質は水に難溶で測定実験はなかなか難しく、たんぱく質に含まれる窒素元素量をもとにたんぱく質量に換算して求めます。(粗たんぱく質量)
しかし、そもそもこのようなことを頭で理解する知識や化学薬品そのものの性質が身についていませんので、実験を行っていく過程で少しづつ習得して行かねばなりません。
食品分析としては、ケルダール法が使用されます。

 

 

分解フラスコに試料2gと濃硫酸20mlを加え、窒素分解器で加熱しますが、試料が黒色に変わり、硫酸ガスが発生しますのでドラフト内で行います。きれいな水色になるまで数時間分解します。かなり時間がかかりますので朝に取りかかり、数時間みておかなければなりません。
放冷し、氷で冷却しながら濃硫酸を100mlのメスフラスコに移し、純粋で100mlに定量します。

 

 

 

ここまでで試料が完成し、ここからパルナス・ワグナー蒸留装置で蒸留します。
ここから先は面倒なので省略しますが、実験としては2段階あり、時間をとります。
実験ですので時間を気にしてはいけないのですが、慣れるまでは状態の変化などの経過も気になります。
生豆、焙煎豆も11~12%程度になります。

 

 

ここまでが、一般成分分析で基本のきとなります。
コーヒーの香味に影響する成分の分析は「何を、どのように分析するのか?」が本題となります。
重要なのは、コーヒーの香味とは「そもそも何なのか?」ということです。

 

 
何が良い香味で、何がよくない香味なのか?おいしさにつながる香味とは何なのか?
というところから考えていくことになります。
したがって官能評価も非常に重要になります。
そのため、現在試行錯誤しつつ実験中ですが、できることは意外に限定されます。

 

抽象的ですみませんが、どのような視点でコーヒーを見るのか?ということが重要です。
まだ研究初心者ですし、また研究発表前ですのでこの場で書けることは限定されますことをご理解ください。

 

 

 

 

ことしもいちご…毎日のように食べています

2017年2月17日

2016.3.30でいちごのテースティングは終了したのですが、品種改良のいちごは多くあります。

先程、いちご狩りのお土産で新種をいただきましたので書いておきます。

まだ名前がついていないようです。
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甘味は優しい甘さで、酸味は弱め、果肉はやわらかめ。
甘いいちごが好きな人にはよいと思います。

 

 

ワイン会社から、シャンパンを安くしたので買いませんかと電話があり、6本購入しましたが、
いちごは前菜に必須です。

成分分析 脂質-5

2017年2月17日

重要な成分としてコーヒーには脂質があります。

 

 

脂質は日本食品標準成分表では「食品中の有機溶媒にとける有機化合物の総称であり、中性脂肪の他にリン脂質、ステロイド、ろう、脂溶性ビタミンなども含んでいる」と定義されます。
栄養学的にはエネルギー必須脂肪酸の供給源として重要で、食品学的には食品の触感や物性に寄与しています。
生豆の脂質は.アラビカ種の場合12-19%程度はあり、大豆(20%)、ゴマ(50%)、カカオ(50%)には及びませんが比較的多いといえます。

 

 

コーヒーの場合75%前後はトリアシグリセール(油脂)で、その脂肪酸組成の多くがリノール酸、パルミチン酸です。
また脂質の一部には生豆の表面にワックス(ろう)、ビタミンEであるトコフェロールも微量含まれています。
脂質がコーヒーの香味にどのような影響を与えるかは重要となります。

 

 

 

脂質は決められた方法で分析しますが、脂質の抽出方法により数値は変わりますので、どうするかは意外に厄介です。
脂質抽出は、エーテル抽出法、クロロホルム・メタノール混液抽出法、酸分解法などがありそれぞれの食品に対応して行われます。

 

 

そこで、コーヒーは?というと生豆と焙煎豆と同じ方法でいいの?同じだとどの方法がよいの?などという単純な疑問から入らねばなりません。その方法により数値が異なりますので、その数値により何が良いのかを検証する必要も生じます。
え…と思われるかもしれませんが、論文やデータででいる数値は以外に曖昧です。
理由は単純ですが、答えはいずれ…….。

 

 
今回は、研究室にある機器の中で最適な方法としてクロロホルム・メタノール抽出を行いました。
三角フラスコに試料2gと溶液を入れ水冷管を通し、65℃の湯の中で1時間抽出します。
無水硫酸ナトリウムで脱水しながらナス型フラスコに濾過し、エパポレーターという機械で溶媒を留去し105℃の乾燥機で30分乾燥させ、デシケーターで45分放冷し精秤します。
エーテルを加え、遠心分離する方法もああります。
この一連のプロセスの中で、実験の精度を損なわせる要素が多々出てきますので、実験には経験が必要になります。

 

 

 

生豆と焙煎豆の脂質には大きな変化はありませんが、若干生豆の方が数値が大きくなります。
コーヒーの脂質は、12%から19%程度あり、多用な要因により数値は異なります。

 

成分分析 灰分-5

2017年2月16日

バレンタインのチョコレートを食べながら思うことは、
最近はやたらいろいろな味のチョコレートがあるということです。
日本人のチョコラティエであれば、抹茶、ゆずはあたりまえで、味噌や醤油まで何でもござれの状態でこの傾向は2010年以降顕著です。
王道のカカオの品質で勝負したら?などはわかりにくいのでしょう。
コーヒーも同じことで、品質差を香味で理解することは意外に難しいものです。

 

 

灰分は、直接灰化法といって、コーヒーの粉を550℃の電気マッフル炉で燃焼したときに白く残る灰の量としています。ミネラルなどの無機質の総量です。

 

 

磁器製のルツボ(小さな容器)を恒量になるまで、加熱、放冷、精秤します。
試料2gを精秤し、ルツボに入れ500℃で灼熱しますが、途中発煙しますが最終的に燃焼するまで待ちます。その後デシケーターで放冷後、試料の消失分を精秤します。
6~7時間はかかる実験となりますので、待ち時間が多く、並行して他の実験をします。
この実験では、灰分の種類まではわかりませんが、生豆で3.3~4.4%、焙煎豆で3.3~4.5%程度の結果です。

 

 

 

実験では、SPよりCOの方が灰分は多く見られ、又ウオッシュトよりナチュラルに多く見られる傾向が見られます。また、アラビカよりロブスタの方が灰分は多いという研究報告もあります。
コーヒーの場合のミネラルは、カリウムが多く40%以上を占めますが67%という報告もあります。その他はマグネシウム、カルシウムとなります。
例えば米の場合であれば、リンが多く、他はカリウム、マグネシウムが占め、その組成が味に影響を与えるようです。

 

 

白ワインではミネラルは比較的重要な香味になるようで、ソムリエたちはよくミネラル感があるなどといういい方をします。しかし、ミネラルのとらえ方は多様かつ曖昧で、ソムリエによりかなり差があります。一般的には、カリウムは酸味、カルシウムは苦味と塩味、ナトリウムは塩味、マグネシウムは苦味などとも言われますが、ワインやコーヒーでそこまでの香味の差異をとらえることは難しいでしょう。

 

 

尚、ミネラルは、その土地の土壌、水質、肥料などに影響を受ける可能性があり、データの蓄積をすれば、灰分の量とバランスを見ればでWかN,及び産地の特定をできる可能性はあるといえるでしょう。

 

 

 

ミネラルのうち、人体にあり栄養素として重要なものは17種で、主要ミネラルはナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、リンの5種です。これらは体内で合成できませんので食事などで摂取します。カリウムは、余分なナトリウムを輩出し血圧を正常に保ち、細胞の浸透圧を維持します。体内には体重1kgにつき約2g存在し、18から69歳までの男性の1日の摂取基準は2500mgです。ホウレンソ(100g中690mg)ウサトイモ、アボカド、納豆などにふくまれています。

 

 

コーヒー抽出液には、150m中65mg含まれています。

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