
ブレンドとの出会いや思い出、わたしだけの楽しみ方、好きなブレンドのことなど、ここでしか読めない内容となっています。
この連載をきっかけに、堀口珈琲のブレンドの魅力がより多くの人に伝わり、暮らしや人生が豊かになりますように。
すべてのコーヒーに繋がる#5 / 店舗事業部 押尾 信
最近、ブレンドばかり飲んでいる。なんだかんだ言って一番好きなのが#5だ。
上京したばかりの頃にはじめて買った堀口珈琲の豆も#5だった。 当時は豆の保存や抽出もいい加減だったので正直ピンと来なかったが今では気がつくとなくなっている……。
#5は繊細な味わいの重なりだが、とてもバランス良く仕上がっていると思う。
ブレンド9種の中でも中間に位置し、「コーヒーの中のコーヒー」と言わんばかりのキャッチーさがあるが、じっくり飲むと華麗で複雑である。 まろやかな質感に溶け込んだ甘さ、かすかに感じる柑橘っぽい酸、カカオのような香ばしさ、飲み込んでからも続くほろ苦い余韻。 ――友達の家のこたつの中にいるような安心感さえある。
このように要素が多いにも関わらず、それらは衝突せずに整っている。言い換えると、個性が最も控えめに映るブレンドかもしれない。でも、だからこそ毎日飲んでも疲れない親しみやすさがある。
僕は十代後半から小説を書いているのだが、書き始める前に#5を飲むと、大げさかもしれないが、せわしない日々を送っていた自分がリセットされ、ニュートラルで客観的な視点に立てるような気がする。
特に#5の圧倒的なバランスの良さが、書き始める前の自分の状態を知る一つの指針になっている。#5を薄く感じる日は、自分の中に「焦り」や「不安」があるのかもしれない。それをかき消したくて、より強い刺激を求めている可能性がある。 逆に、濃いと感じる日はコーヒーの力を借りなくても前に進める状態かもしれない。
個人的に、ストレスが溜まっていてうだつの上がらない時ほど、フレンチやイタリアンローストのコーヒーを飲んで強制的に気分を変えたがる傾向にある。 #5が丁度いいと感じる日や、濃いと感じる日は、大体はすぐになくならずただ冷めていき、小説が進んでいくことが多い気がする。
また、#5はバランスが良い故に、過去に飲んだあらゆるコーヒーの味に一番近いと感じる傾向がある。 過去の記憶ほど曖昧になっていくバイアスもあるかもしれないが、学生時代に大阪のコーヒーチェーン店で飲んだハウスブレンドの味に近いのも、数年前に新宿の喫茶店で飲んだブレンドに近いのも、やはりバランスの良い#5だと思う。
#5を飲むだけで全てのコーヒーの記憶とその時の自分と繋がっていると言ったら大げさだろうか。 こうやって#5を飲みながら振り返ると「あれを飲んだ時は雨が降っていて……」と周辺の記憶も思い出して、飲む前には想像し得なかった光景を思い出し、それが小説のイメージへと広がっていく。
勿論、飲む度に記憶が呼び起こされる訳ではないが、それでも、飲むだけでなんとなく過去とリンクしたような心地よさや、今の自分の状態を知ったことでリラックスできるような感覚がある。これから飲むであろうコーヒーの味に近いのはきっと#5で、10年、20年後も#5みたいな味を起点にして小説を書く気がする。

ほどよく苦く、甘く、なめらか、 ミルクチョコレートのような

押尾 信
店舗事業部 世田谷店所属
2019年入社
好きなことは小説を書くこと、ハイボールを飲むこと、レンタサイクルで山手線内を走り回ること 郊外育ちなので、東京のラーメン屋と喫茶店の多さに日々感動している