産地のはなし

イエメンのコーヒーの流通に革命を起こす若者たち 後編 「QIMA COFFEEの取り組み」

イエメンのコーヒーの流通に革命を起こす若者たち 後編 「QIMA COFFEEの取り組み」

 

2022年10月某日。
イエメンにおいてコーヒーの流通・加工を手掛ける「QIMA COFFEE」が当社の横浜ロースタリーを訪れてくれました。

前編では先方代表のファリスさんと当社主任ブレンダー秦が対談した様子をお届けしました。(前編はこちら

後編ではQIMA COFFEEの取り組みについて、じっくり取材した様子をお届けしていきます。聞き手は主任ブレンダー秦からバトンタッチしたEC事業部マネジャー島崎が務めます。

 

QIMA COFFEEの沿革


 

 

創設者のファリスさんは生まれも育ちもイングランドですが、ルーツはイエメンに持ちます。やがてはイエメンのために貢献したいという想いのもと、ケンブリッジ大学で化学と工業学を修め、エネルギー関係の会社で働き始めました。

いずれは独立したいと考えていたファリスさんに転機が訪れます。2015年、イエメン国内における内戦の勃発です。エネルギー分野での独立はほぼ不可能になってしまいましたが、何か別の分野でイエメンのためにできることはないかと考え、辿り着いたのがコーヒーだったそうです。

 

 

なぜそれまでの経歴とは全く異なるコーヒー業界だったのでしょうか。

「自分がこれまでやってきた工業や化学、つまり理系的な目線でイエメンのコーヒー業界を眺めた時、そこには多くの課題があり、理系的なアプローチでそれを解決できるのではと考えた。内戦状態の中で、農家にとってコーヒーは唯一の収入源。コーヒーの仕事は農家と直接繋がることができるため、自分たちのような小さい存在でもイエメンの人々の力になれる。これまでの自分の経験や身に着けてきた知見を活かし、自分の故郷のために役立てることができると思ったんだ」

ファリスさんが掲げた理念は「THE COFFEE REVOLUTION」。少し大袈裟に聞こえるかもしれませんが、この後ファリスさんのお話しを聞いていくと、本気でイエメンのコーヒーの流通に革命を起こそうとしていることが伝わってきました。

 

QIMA COFFEE独自の取り組み① 国内初のコーヒー精製施設を開設


 

2016年、QIMA COFFEEを設立したファリスさんはイエメンの1つの地域にコーヒー精製施設を開設します。

 

 

コーヒーの流通を担うのであれば、コーヒーを精製し加工する施設を開設するのは当たり前だろうと思われるかもしれませんが、これはイエメン“初”にして唯一のコーヒー精製施設でした。

なぜなら、イエメンでは伝統的に各農家が自らコーヒーの精製を施すからです。

イエメンではコーヒーチェリーの皮と果肉部分を乾燥させた「キシル」を活用する文化があり、現地ではこれを紅茶のように飲用します。農家はキシルと生豆の両方を収入源とするため、収穫したコーヒーチェリーの乾燥を各々で施し、まずはキシルを売ります。残った生豆は自宅で保管されてある程度の量が溜まったらまとめて売りに出します。

「収穫したコーヒーの乾燥は各農家が屋根の上や地面で天日干しするのが一般的で、ほとんどほったらかしの状態で乾燥されていることも多い。収穫や乾燥の精度にバラつきがあるし、いつ採れた豆なのかも不明瞭。そこには品質管理が行き届いていなかった」

 

 

収穫や精製の精度はコーヒーの風味に大きな影響を及ぼします。そういった課題に対し、品質管理を徹底すべく、QIMA COFFEEはイエメン国内で初の精製施設を設立し、各農家から生豆ではなくコーヒーチェリーの状態で買い付けを行い、自分たちの手で丁寧な精製を施します。

それはイエメンのコーヒー流通の常識を覆すやり方でした。

 

 

QIMA COFFEE独自の取り組み② 完熟したレッドチェリーを選択的に収穫


 

2016年に設立されたQIMA COFFEE。現地では全くの新参者です。コーヒー農家とのコネクションもありません。
どのようにして農家との関係を築いていったのでしょうか。

 

 

「やったことはとてもシンプル。農家に赴いて、自己紹介をして、いくらでどのくらいの量を取引したいのかを伝え、信用して取引を初めてほしいとお願いした。取引を開始してくれた農家とは、絶対に約束を守る。収穫に対して、約束通り買い付け、出た利益を農家に還元する」

設立当初の30農家から6年で約2,600軒の農家と取引をするに至るQIMA COFFEE。そこまで拡大していった根本には、農家に対する誠実な姿勢がありました。 ポイントは、ただ単に取引先農家の数を増やしていったのではなく、なによりも「質」を重視したこと。具体的に言うと、農家に「完熟したレッドチェリーだけを選択的に収穫してもらうようにお願いした」ことです。

 

 

未成熟の果実はコーヒーの風味に悪影響を及ぼします。高品質な生豆を得るためには完熟したレッドチェリーを選択的に収穫することが最重要です。スペシャルティコーヒーの産地では一般的なことですが、イエメンにおいて完熟したレッドチェリーのみを収穫するには高いハードルがあります。

その要因の1つは前述したキシル(乾燥させた皮と果肉)を活用する文化です。このキシル、緑や黄色の未成熟の果実から得られたものの方が高値で取り引きされるため、農家としては果実が真っ赤に熟すまで待つよりも、未熟のまま収穫してキシル用に売った方が効率が良いということになります。

「完熟したレッドチェリーだけを選択的に収穫してもらうこと。これを農家にお願いし、徹底してもらうことが一番のハードルだった。起業した当時は“実現不可能”とさえ言われていた」 とファリスさんは語ります。

 

 

全くの新参者であるQIMA COFFEEが農家からの信頼を得て取引先数を増やすことだけでなく、「完熟したレッドチェリーだけを選択的に収穫してもらう」ことを農家にお願いし、それを実現できたのは、農家との信頼関係があってこそ。 最初に取引を始めた約100軒の農家へは、ファリスさんが直接交渉をして回ったそう。

「その頃に取引を始めた農家からは、今でも直接電話がくる。相談にのって、一緒に考えて、対応する。そのスタンスは今も変わらない」

イエメンにおいて完熟したレッドチェリーを農家から継続的に買い付けている業者は今も昔もQIMA COFFEEだけです。

 

QIMA COFFEE独自の取り組み③ 品種の研究開発


 

 

・完熟したレッドチェリーのみを選択的に収穫してもらう
・各農家から生豆ではなくコーヒーチェリーの状態で買い付ける
・イエメン初の精製施設を運営し、品質管理の行き届いた精製を施す

これらを実現したという事実だけでも、イエメンのコーヒー流通に革命を起こしていると感じますが、特出すべき点がもう一つあります。

それが、「品種の研究開発」です。

品種は、コーヒーの風味に影響を与える重要な要素の一つ。
ファリスさんはイエメンの各地域で生産されたコーヒーについて、ある地域はフローラルな香りが特徴的なのに対し、別の地域ではフルーティな風味に特徴があるなど、地域によってカップ特性が異なり、イエメン国内におけるコーヒーの多様性を感じます。

その風味の違いを生み出す要因の一つとして「品種」に目をつけ、研究を始めます。

 

 

品種の研究は高品質で多様なコーヒーを生産するためだけではなく、農家のためにもなるとファリスさんは言います。

「イエメンのコーヒー農家にとって“どの品種を植えるか”ということは想像以上に重要な選択になる。なぜならイエメンにおいては一度植えると、その木を100年~150年という長い年月にわたって生産するため、その品種の生産性によって家族の収入が決まっていく。品種によって収穫量、病害虫への耐性、気候変動への耐性が異なる。品種の選択は子供や孫の世代まで続く大事な選択なのに、イエメンにおいては科学的な立証がないまま曖昧になされてきた」

さすが理系出身のファリスさん。
各研究機関と協力しながら品種の分析検証を行い、イエメンの品種について科学的な立証をおこないました。

その研究結果を元に、品種を選抜して苗を育て、各農家への配布をおこなっています。

 

 

ちなみにこの研究結果によって、現在主流となっているティピカ系統やブルボン系統といった遺伝グループに属さない「イエメニア」という新たな品種群(亜種)を発見しました。まだまだ未知の部分が多く、今後さらなる研究がなされ解明が進む分野ですが、このイエメニア亜種が独自の風味に影響を与えている要因の一つだと言えそうです。

極端に降雨量が少なく寒暖差が激しいイエメンで何百年も生き抜いてきた品種には、地球温暖化によってコーヒー栽培に適した土地が少なくなっていくという問題に対して何らかのヒントが隠されているかもしれません。

ファリスさんが進める品種研究は、イエメンのコーヒー産業だけでなく、コーヒーの未来にも革命を起こす可能性を秘めていると感じました。

 

 

ファリスさんが日本のお客様に伝えたいこと


 

 

QIMA COFFEEの取り組みを聞くと、2016年から新しい仕組みを構築し始め、たった6年間でここまでの成果を上げていることに驚いてしまいます。きっと大変なことがたくさんあったのではないでしょうか。

「イエメンはずっと内戦が続いていて、いつどこで爆撃が起きるかもわからない。そのような状況だと、移動すること自体がリスクになる。農家が持ってきてくれるはずのものを、持ってこられないこともある。私たちが車で農家に赴くためのガソリンの量も少なく、ガソリンスタンドに2日並んで、料金が通常の5倍だったこともあった。新型コロナウイルスのパンデミックによって、さらに移動することが難しくなった。」

 

 

難しい状況は今も続いているとファリスさんは語りますが、こうも続けます。

「日本のお客様には、イエメンのコーヒーを哀れみや施しの形で買ってほしいとは思っていない。私たちがやりたいことはチャリティではなくビジネス。チャリティは局所的だけれど、ビジネスは循環して持続可能な状態を生み出す。そのために重要視しているのは何よりもコーヒーの品質。コーヒー栽培における世界最古の地で、一番おいしいコーヒーをつくる。そこからスタートして、それを循環させることでイエメンのコーヒー産業を持続可能なものにしたい。500年以上にわたってコーヒー栽培が受け継がれてきた歴史に感謝し、それを続けていくことが私たち世代の責任だと思っている」

 

取材を終えて


 

 

横浜ロースタリーにてコーヒーの味づくりを担う主任ブレンダー秦は「今日の話を聞いてQIMA COFFEEの一つひとつの取り組みがしっかりカップに表れていると感じ、とても感銘を受けた」と語ります。

品質を重視し、おいしいコーヒーを通じて、良い循環を生み出す。
その考え方は私たちも同じです。

イエメンのQIMA COFFEEからコーヒー生豆を受け取った私たちは、焙煎によって素材の魅力をしっかりと引き出し、選別によってさらなる品質に磨きをかけて、皆様の元へおいしいコーヒーをお届けいたします。

そして、そのコーヒーの背景にある生産者の想いや産地の情報も、しっかりと皆様にお伝えしていかなければなりません。

現在堀口珈琲のオンラインストアではイエメンにフォーカスを当てた特集「YEMEN2.0 伝統産地イエメンの新時代」を公開し、3種類のイエメン産コーヒーを販売しています。
今回の取材を通じて刺激を受けたEC事業部による渾身の企画です(熱量のあまり、文章の量もかつてない規模になっています)。

ぜひご覧いただけますと幸いです。

>>オンラインストア特集ページへ