コーヒー産業の歴史は、しばしば「ウェーブ(波)」という概念で説明されます。この言葉は、コーヒーの消費形態や価値観がどのように変化してきたかを理解するために広く用いられています。一般的には、ファーストウェーブ、セカンドウェーブ、サードウェーブの三つの段階で語られます。サードウェーブという言葉が2010年代にメディアによく取り上げられましたが、今や死語に近い印象です。フォースウェーブは現時点では在りません。
ファーストウェーブは、米国において20世紀初頭から1960年代頃まで続いた大量消費の時代です。この時代の目的は、コーヒーを日常生活に広く普及させることであり、品質よりも利便性と安定供給が重視されました。インスタントコーヒーの普及や真空パック技術の発達によって、コーヒーは家庭で簡単に飲める商品として市場を拡大していきました。代表的な企業にはNestléやFolgersなどがあり、コーヒーはスーパーで購入する一般食品として広く定着します。この時代のコーヒーは主に大量生産されたブレンドであり、産地や品種といった農産物としての個性はほとんど意識されていませんでした。コーヒーは嗜好品というより、日常の刺激的飲料として消費されていいたと考えられます。
1970年代以降に広がったのがセカンドウェーブとして位置づけられます。この時代にはコーヒーショップ文化が発展し、1990年代にはエスプレッソを中心とした飲み方が世界的に普及しました。アメリカ西海岸を中心に発展したカフェ文化は、コーヒーを単なる飲料ではなく、空間や体験と結びついた嗜好品として再定義しました。代表的な企業としては、バークレーのPeet’s Coffeeがあり、学生時時代にピーツに入り浸りシアトルでジェリー・ボールドウィン等が創業したStarbucksが知られています。
1990年代にはイタリアのBARの影響もありカフェラテなどのエスプレッソドリンクが一般化し、都市部にはコーヒーショップが急速に広がりました。この時代には焙煎への関心も高まり、ロースターという存在が注目されるようになったとも言えます。ただし、ピーツやスターバックスは深煎りが中心でした。それ以外の小規模なカジュアルレストランであるアメリカンダイナーは中煎りが多かったと思います。2000年以前のこの時代は、産地や品種という概念はほとんどありませんでした。私が2000年代の初めに多くの商社に単一農園のコーヒーをリクエストしても、そのような概念は理解されませんでした。世界的にも、まだコーヒーはコーヒーであり、それ以上でもそれ以下でもなく、差異化の概念は在りませんでした。
2000年前後になると、スペシャルティコーヒーと呼ばれる新しい潮流が現れます。スペシャルティコーヒーは、コーヒーをワインのような農産物として捉え、産地、品種、精製方法、焙煎、抽出などの違いによる風味の個性が重視されるようになりました。シングルオリジンの概念も緩やかですが広まり、トレーサビリティやサスティナビリティという概念が普及しました。
そして、2010年前後には、サードウェーブという言葉が広まりました。この言葉は、2002年にTrish Rothgebにより初めて使用されましたが、この言葉が米国を中心に広まったのは2010年頃からです。米国におけるサードウェーブは、スタンプタウン、インテリジェンシア、カウンターカルチャーが御三家といわれました。また、エスプレッソ以外の抽出方法としてプアオーバーというハンドドリップの抽出技術も重視され、ロースターやバリスタの専門性が高く評価されるようになりました。
このように、コーヒー文化は大量消費の時代からカフェ文化の時代を経て、農産物としての個性を重視する段階へと発展してきたわけです。個人的には、このサードウェーブは、スペシャルティコーヒーのような運動体ではなく、その中の一部のトレンドであったような印象でした。
ファーストウェーブが「普及」、セカンドウェーブが「カフェ体験」、サードウェーブが「品質と産地の個性」を中心に発展してきたと整理することができます。この流れの中で、2000年以降スペシャルティコーヒーという概念も世界的に認知されるようになり、コーヒーは単なる飲料ではなく、品質や文化を語る嗜好品として新しい価値を持つようになったとい言うことができます。
そして、あくまで個人的見解ですが、2025年以降は、スペシャルティコーヒーの終焉の時代に向かっているように感じます。アラビカ種在来品種系の生産量の減少、生豆価格の高騰、ロブスタ種の生産増、カチモール品種の生産増による風味低下のなかで、コーヒーの価値はマーケティングで決まる時代に突入したのかもしれません。
SCA(スペシャルティコーヒー協会)は、1982年のSCAA(米国スペシャルティコーヒー協会)設立当時の品質を基本とした崇高な理念からCVAという嗜好性による価値観の多面性に大きく舵を切ったと考えます。彼らは、「スペシャルティコーヒーとは、優れた特性をもつコーヒー、もしくはコーヒー体験のことで、この特性が故に、市場において著しく高い価値を有する」と定義付け、スぺシャルティコーヒーの概念変更をしました。
「品質のよいコーヒーとは何か?」を追求することよりマーケティング的な価値を重視し、官能評価を放棄したと言わざるを得ません。そのため、堀口珈琲研究所では、生豆の品質を官能評価と物理的・理化学的評価の相関性から追求していきます。
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