パパ日記

店を始めようとする方々に-1

2月セミナー日程をアップしました。お気軽にご参加ください。
朝日カルチャーセンター「小さな喫茶・カフェの作り方」の1月コース(1.2.3月)も若干枠が残っています。

 

 

現在、景気がよいか?わるいか?の受け止め方は、産業、企業規模、雇用形態、家庭状況など様々な立場により当然異なります。
現在は、どうなのでしょう?今後のマーケッとはどうなるのでしょう?
アナリストは信頼できませんし、わからないというのが正解でしょうか?
2017年には消費税も上がりますが、2020年のオリンピックまでは建築ラッシュは続きます。
昨年末米国も利上げし、発展途上国から資金が流出し、2016年の大発会では中国不安から日経平均は下落しました。
TPPはどこにリットがあるのか?もよく見通せません。
政治状況もイスラム、北朝鮮、南シナ海と不安定さが増しています。
誰も予測はできないような混沌とした時代といえるでしょう。

 

 

 

いつもいうように個人が店をやることの意味は好きだから、やりたいからやるが原点です。
何をすれば儲かるか?というような多くの起業とはスタートラインがそもそも違います。
儲かればいいのならもっと違う道を模索すべきでしょう。
やはり、やりたいことをやり自分の人生をどのように生きたいか?が基本だと思います。
その上でいかに持続させるかを、多面的に考える必要があります。

 

 

 

「1990年はバブル崩壊の時代で、東京23区では喫茶店の開業は、ほぼありませんでした。」

堀口珈琲は、1990年のバブル末期にコンセプトのみ明確にしてスタートしました。
当時は1階の物件は皆無で、保証金と家賃の高い時代でしたので、だれでも開業できるような時代ではありませんでした。賃貸物件の保証金だけでも1000万以上した時代です。
基本業態は、豆の小売り、卸売り、喫茶という3本の矢でスタートしました。
漠然とですが豆は「ピラミッドの一番上の部分のコーヒー」、喫茶は「同じものが二つとない空間」としました。

 

 

1991年のバブル崩壊で日本の長期経済低迷が始まりますが、幸いなことに堀口珈琲は小さな店でしたのでその影響を受けたようには感じませんでした。
その意味では世田谷は23区の中で住宅地としては恵まれた地域であったと感じています。
このような観点から物件の重要性については時間を割いてくどいほどお話ししてきました。

 

 

 

この1990年代は企業倒産が多く見られ、リストラが増え、終身雇用体系が崩壊し、それが現在の非正規雇用の拡大につながっていると感じます。
企業は人件費を圧縮せざるを得ず、日本経済が活力を失っていった時代です。
したがって、失われた10年と言われています。
この時期の喫茶店の開業は、東京23区で多くは見られませんでした。

 

 

 

喫茶店の廃業が多く、銀座や青山でコーヒーを飲むといっても喫茶店がない時代でした。
1996年に1号店を出したスターバックスは、絶好のタイミングでの進出でした。
シアトル系のコーヒーショップ、日本のコーヒーチェーンなど高効率高回転型の業態発展の時代です。

 

 

 

喫茶店の事業者数は、1981年の154.630店、従業員数575.768人から2012年の70.454店、324.036人まで減り続けています。(総務省統計局「事業所統計調査報告書」など)
市場規模からみると、1981年は15.567億円で、2012年は10.197億と大きく減少しています。(食の安心・安全財団)

 

反面、この時期は労働価値観の変化を生み出し、2000年代の起業の時代につながります。

 

 

 
「2000年代はカフェと自家焙煎店の出店とスペシャルティコーヒーの萌芽と普及の時代でした。」

2000年に入っても、円高による輸出産業は低迷し、企業は生産拠点を海外にシフトした時代です。
経済はデフレ傾向にあり停滞し、将来への不安は若年層を含め多くの人を起業へとうながしました。
コーヒー業界では、カフェブームと自家焙煎店ブームが同時に起こりました。

 

 

 

喫茶の衰退を目のあたりにし、女性を中心に食を重視したカフェが。
コーヒー専門店の壊滅を目のあたりにし既存のコーヒーに飽き足らない新しい層は自家焙煎に。
この時代の初期のカフェは東京にしかありませんでしたので「東京カフェ」とも呼ばれる新しい業態でした。自家焙煎店は、家庭用販路に活路を求めた訳です。

 

 

 

飲食という業態は、経営的に安定したチェーン店や外食産業の成功事例などにより、水商売というやや不安定なイメージから、改善されつつありました。
同時に、経済成長の停滞したこの時期は、賃貸店舗物件が余り初め、家賃、保証金は下がり、資金も借りやすくなったことが開業の後押しをしたと思います。
保証金は、バブル期の1/5程度まで下がりましたのであらゆる業界での開業ハードルは大きく下がった訳です。

 

 

 

1990年代に比べ2000年代の個人の開業は明らかに多く、2000から2003年頃にはカフェブームをメディアが盛り上げました。しかし、経済の停滞の中で市場は拡大しませんので、カフェブームにつられた開業は、オーバーストアの中で閉店を余儀なくされました。
当時3年継続できる店は3/10と言われました。

 

 

 

私が「小さな喫茶店・カフェの作り方」というセミナーを朝日カルチャーセンターで開始したのは、当社のコーヒーの普及が目的でしたが、安易な開業に対し「本当にやるの」「やるなら長く続けなければいけない」「そのためには何が必要か」を伝えたかったからにほかりません。
但し、成功には必ず理由がありますので、開業前にはきちんとした準備が必須となる訳です。
「何とかなる」ではなく「何とかしなければならない」のが開業です。

 

 

 

 

コーヒー業界は、セルフサービスのスターバックス、ドトールなどのチェーン店の増加、ファーストフード店のコーヒー、フルサービスの個人や企業のカフェ、そして自家焙煎店とが並立する新しいステージに入っていきました。
エスプレッソマシンの普及がバリスタを生み、カフェ、喫茶のなかでもマシンを使用する比率も増していきました。既成概念にとらわれない場所、個性的なスタイルの店も誕生し、やり方によっては存続できる道筋がみえるようになって行きました。
カフェは、カフェめぐりまでされるようになり、文化的定着をしつつあるように思います。

 

 
店は自己表現だとよくいってきましたが、さまざまな個性的な店が生まれたのもこの時代です。

 

続く