コーヒーとサステナビリティ

コーヒーとSDGs 第6回 コーヒーと環境保全

コーヒーとSDGs 第6回 コーヒーと環境保全

 前回の「Prosperity(繁栄)」(目標7~11)に続き、今回はSDGsの5つのPのうち3つ目である「地球(Planet)」(目標12~15)を取り上げましょう。ここでいう「地球」は「環境」と読み替えることができます。この連載の第2回でも触れたとおり、環境は持続可能な開発に必要な三側面のひとつであり、ほかの二側面(社会・経済)を支える基盤と位置づけられています。コーヒーはその生産から消費、廃棄に至るライフサイクルの全体を通じて自然環境と多くの接点を持ち、「Planet」に関する4目標のうち特に目標12・13・15と関係します。

目次

Planetに関するSDGsの目標12~15


 

 Planet(地球)に関するものとしてまとめられる目標12~15をまずは列挙します。

 

目標12:持続可能な消費・生産形態を確実にする

目標13:気候変動とその影響に立ち向かうため、緊急対策を実施する

目標14:持続可能な開発のために、海洋や海洋資源を保全し持続可能な形で利用する

目標15:陸の生態系を保護・回復するとともに持続可能な利用を推進し、持続可能な森林管理を行い、砂漠化を食い止め、土地劣化を阻止・回復し、生物多様性の損失を止める

(訳文は蟹江憲史『SDGs(持続可能な開発目標)』中公新書2604(2020年)によった。)

 

 この連載の第2回で述べたとおり、SDGsは「アジェンダ2030」という文書の一部です。「アジェンダ2030」ではSDGsが列挙される前に長い本文があり、さまざまな背景説明などが展開されています。そのうち、第14段落から第17段落には「今日の世界」に関する認識が示されています。その冒頭の第14段落では世界が直面している課題が述べられ、その半分が環境のことで占められています。その部分は次のように要約できます。

 今日の世界では、天然資源が減少し、砂漠化・干ばつ・土壌悪化や淡水の欠乏、生物多様性の喪失といった環境の悪化が起きている。中でも気候変動は最大の課題の一つであり、世界的な気温上昇や海面上昇、海洋の酸性化などを引き起こしている。環境の悪化によって、多くの国々と地球の生物維持システムが存続の危機に瀕している。

 ここで示された環境面の問題に対する取り組みを集約的に述べているのが目標12~15です。

 コーヒーは環境に関する今日の課題に関係します。しかし、それらの課題の原因として主要なものではありません。たとえば、コーヒーの生産や消費が気候変動の主な原因になっているわけではありません。なので、コーヒーの生産や消費をやめたり、そのあり方を変えたりしても、グローバルなレベルで気候変動が有意に改善することはないでしょう。つまり、コーヒーは目標13を達成する主要な手段とはなりません。ほかの目標についても同様です。この連載の第3回でも述べましたが、マクロなレベルでSDGsの達成をする手段としてコーヒーに過度の期待を寄せることは禁物です。SDGsの環境面の目標についてコーヒーとの関係をこれから見ていくにあたり、このことは念頭に置いておきましょう。

 また、これら4目標のうち特に目標12・13・15がコーヒーを関係すると上述しました。目標14が抜けているのは、目標14が海洋や海洋資源の保全・利用に関することで、コーヒーとは関わりが比較的弱いからです。もちろん、まったくの無関係というわけではありません。たとえば、コーヒーの栽培や収穫後処理で生じる副産物が河川を汚染し、それが海洋に間接的に影響を与えたり、コーヒー商品の包材が廃棄物となり海洋に放出されたり、といったことはあります。とはいえ、こうした関わりは他の目標とコーヒーの関わりに比べて密接ではありません。なので、今回は目標14には立ち入らないことにします。その他の3目標について、コーヒーとの関わりを見ていきましょう。

 

目標12:持続可能な消費・生産形態を確実にする


 現在の人類社会では、資源の消費が再生を上回って進行しているといわれます(いわゆる「地球1.69個分」の消費)。こうした持続不能な消費を持続可能なものに変えていくことがSDGsにおける主要なテーマのひとつです。目標12はそれを具体化したものになっており、この目標の下にある11のターゲットでは、天然資源の効率的な利用や、フードロスを含む廃棄物の削減などが主に取り上げられています。

 コーヒーのライフサイクルの中において廃棄物の削減が進んでいるのは、生産国での工程(コーヒーの木の栽培から生豆の生産までの部分)においてです。ここでいう廃棄物としては、剪定によって得られたコーヒーの幹・枝、精製によってコーヒーの実から除去された果皮・果肉などが挙げられます。前者はコーヒーの種子を乾燥させるための燃料に使われ、後者は堆肥化されてコーヒーの畑にまかれる、といった形で農園内で循環的に有効活用されています。

 コーヒーから生じる廃棄物として問題となるものは、主に焙煎後の流通や消費から生じています。その一つは豆・粉や飲料の包材・容器です。プラスチック製のストローが話題になりましたが、実際には使い捨てのプラスチックカップなどの方が重要です。また、日本ではあまり馴染みがありませんが、欧米を中心に問題になったのがカプセルです。ここでいうカプセルとは、一杯どり(シングルサーブ)用に少量のコーヒー粉が詰められた容器のことを指します。近年、欧米ではカプセル式の抽出器具が普及し、カプセルが主にプラスチックや金属から作られていることから、その廃棄による環境負荷が懸念されています。これに対応するため、素材を紙や生分解性プラスチックにしたり、再利用可能なものにしたりすることなどが進められていますが、その普及は十分ではありません。

 コーヒーから生じるもう一つの主要な廃棄物は抽出カスです。コーヒーという飲み物を作る際、焙煎豆の成分のうち重量にして20~40パーセントぐらいしか使われません(40パーセントはインスタントコーヒーの場合。ドリップコーヒーの場合は20パーセント程度)。このため、豆の大半は消費されず、抽出カスという廃棄物になってしまいます。抽出カスは水分を多く含んで重いうえ、家庭や店舗など非常に多くの場所から分散的に発生します。このため乾燥や回収・運搬にもコストやエネルギーを要します。肥料・飼料や燃料、別の製品の素材として活用する取り組みも活発になってきていますが、主流化にはほど遠いのが現状です。廃棄物を削減するための方法として「Reduce:リデュース(発生自体を予防すること)」「リユース(Reuse:廃棄せず再利用すること)」「リサイクル(Recycle:別のものに再生すること)」の3つ(いわゆる「3R」)が挙げられますが、コーヒーの抽出カスについてはどれも容易ではく、なかなかに悩ましい問題です。

 

目標13:気候変動とその影響に立ち向かうため、緊急対策を実施する


 

 SDGsでも気候変動は重要な課題として認識されています。「国連気候変動枠組条約(UNFCCC)」の締約国が2015年に採択した「パリ協定」では「今世紀後半までに」という長期における目標が設定されているのに対し、SDGsの目標13は2030年までの短期における「緊急対策」としてターゲットを設定しています。

 目標13のターゲットの中にも出てきますが、気候変動への対策についてまず押さえておきたいのが「緩和」と「適応」です。「緩和」は気候変動やそれに付随する現象を減らすことであり、具体的には気候変動の原因である温室効果ガスの排出削減や吸収を指します。一方、「適応」は原因に働きかけるのではなく、気候変動による影響に備えること(防止・軽減)と新しい気候条件を利用することを指します。気候変動がすでに現実のものとなっている現在、温室効果ガスの排出を「緩和」するだけでは不十分であり、新しい状況に「適応」していくことも必要というわけです。

 まずは「緩和」の方から見ていきましょう。前回も述べましたが、コーヒーのライフサイクルにおいて最も温室効果ガスの発生が多いのは、コーヒーの抽出においてです。これはコーヒーの抽出のためにお湯を沸かさなければならないことに起因します。もちろん、コーヒーを飲むのをやめれば、温室効果ガスの発生の削減には最も効果的でしょうが、それは現実的ではありません。より現実的なのは、お湯を沸かすために温室効果ガスを発生させないようにすることです。このため、熱源を化石燃料ではなく、再生可能エネルギー源から得られたグリーン電力に求めることが有効な対策になります。グリーン電力は普及しつつあり、従来の電力に比べて割高ではあるものの、その気になれば利用可能です。コーヒーの抽出で商売している事業者が熱源をグリーン電力に切り替えることがひょっとしたらコーヒー産業ができる温室効果ガス削減への最大の貢献ではないか、と私は考えています。

 コーヒーを通じた温室効果ガス削減策としてよく挙げられるのが、アグロフォレストリー(樹木の間で作物を栽培する農法)の実践やシェードツリー(日陰をつくる木)の植栽を通じた森林の保全です。温室効果ガス排出量のうち森林の減少に伴うものは全体の約2割を占めるとされ、その森林減少の主な原因は確かに農林畜産業です。しかし、この中でコーヒー栽培が占める割合はとても小さくなっています。現在の農林畜産業のうち森林減少を引き起こしているのは、牛の飼育を筆頭に、油脂用種子作物(大豆やアブラヤシなど)の栽培、林業(木材・紙の生産)、穀類の栽培、野菜・果樹の栽培などです。コーヒーの栽培面積は全世界で10~11万平方キロ(日本の国土の1/4強)と決して大きくはなく、その面積は増加傾向にあるとはいえ、森林減少の原因としては主たるものではありません。したがって、気候変動の「緩和」策としては森林保全型のコーヒー栽培は大きな効果をもたらすものとは言えないのです。

 一方、こうしたタイプのコーヒー栽培は気候変動への「適応」策としてはとても有効です。コーヒーの木は日陰を好むため、コーヒーの畑にシェードツリーを混植することができます。シェードツリーは気候変動によるさまざまな影響からコーヒーの木を守る役割も果たします。直感的にイメージされるのは高温とそれに伴う悪影響からの保護ですが、ほかにもさまざまな効果があります。たとえば近年増加している降雹からもコーヒーの木を守ってくれます。雹(ひょう)はコーヒーの果実にダメージを与え、収穫量の減少、ひいては農家の収入の減少を招く大きな問題です。シェードツリーは気候変動への適応以外にも多様な恩恵をもたらしますが、それは次の目標15(生物多様性)の中で触れたいと思います。

 

 

※目標15については回を改めて述べます。


伊藤 亮太(いとう りょうた)
株式会社堀口珈琲 取締役CFO ( 最高財務責任者 ) / CSO ( チーフ · サステナビリティ· オフィサー)
大学卒業後、宇宙開発事業団(現JAXA)に10年間勤務する。2002年にコーヒー業界へ転身し、2003年に堀口珈琲に入社。以来一貫して海外のコーヒー関係者との連絡調整を担当する。2013年4月から2020年6 月まで代表取締役社長を務め、2020 年 7 月より現職。

 

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