コーヒーとサステナビリティ

コーヒーとSDGs 第7回 コーヒーと環境保全(その2)

コーヒーとSDGs 第7回 コーヒーと環境保全(その2)

 前回に引き続き、SDGsの5つのPのうち3つ目である「地球(Planet)」すなわち環境に関する目標を今回も取り上げます。そのうち目標12・13・14については前回すでに述べましたので、今回は目標15に焦点を当てます。その日本版アイコンに示されたコピーが「陸の豊かさも守ろう」であることからもわかるように、目標15は陸上の生態系を守ることを主眼としています。このため、コーヒー生産の過程で土地を使う農業的段階とはSDGsの中でも最も密接に関わる目標と言えるでしょう。

目標15:陸の生態系を保護・回復するとともに持続可能な利用を推進し、持続可能な森林管理を行い、砂漠化を食い止め、土地劣化を阻止・回復し、生物多様性の損失を止める


 

 上記の目標15の文言を読むだけでもコーヒー生産の農業的な段階とこの目標との密接な関わりがうかがえます。この目標の下にあるターゲットのレベルまで見てみると、そのことがさらによくわかります。特に関係が深いと考えられるターゲットの骨子は次のとおりです。

 

15.1:陸域生態系・内陸淡水生態系とそれらのサービス(恩恵)の保全や回復、持続可能な利用

15.2:森林の持続可能な経営、森林減少の阻止

15.3:劣化した土地・土壌の回復と土地劣化の阻止

15.4:山地生態系の保全

15.5:自然生息地の劣化の抑制、生物多様性の損失の阻止、絶滅危惧種の保護と絶滅防止

15.6:遺伝資源の適切な利用

15.9:国・地方の計画策定や開発プロセス、貧困削減のための戦略・会計への生態系・生物多様性の価値の組み込み

 

 

コーヒーとの関わりとシェードツリーの効果


 この連載の第2回で述べたとおり、コーヒーの木は熱帯で育ち、本来は日陰を好む植物です。このためコーヒーの木は森林の中やそれに近い状態の畑(日陰をつくる樹木すなわちシェードツリーも生える畑)で栽培できます。こうした栽培方法(日陰栽培)を行うことが目標15に寄与すると考えられています。

 シェードツリーはコーヒーの木が好む日陰を提供するだけでなく、次のようにさまざまな作用をもたらします。

シェードツリーは野鳥などの多様な動物の生息地や休息地になるため、シェードツリーのない畑に比べて生物の量が増え、多様性が高まる。

シェードツリーが根を張ることで土壌の流亡が抑えられる。

シェードツリーからの落ち葉が地面を覆うことで地表からの雑草の繁茂が抑えられる、落ち葉はその場でやがて分解されコーヒーの木の養分となる。シェードツリーに集まる動物がコーヒーの木につく害虫を捕食してくれる。こうした作用のおかげで肥料や農薬(除草剤・殺虫剤など)の施用を減らすことができる。

 こうしたことが土壌の劣化を抑えることや地上・地中・周辺水系の生態系への悪影響を減らせること、すなわち目標15が目指すところへの寄与につながるのです。

 なお、以上はあくまでも目標15に関係する範囲で述べた作用です。シェードツリーにはほかにもさまざまな作用・効果があります。たとえば、シェードツリーが傘になって、激しい気象現象(豪雨や雹など)からコーヒーの木や実を守ってくれたり、シェードツリーによって増えた昆虫類によってコーヒーの花の受粉が促進されたりします。これらはコーヒーの木に対する効果ですが、コーヒー生産者に対するもっと直接的な効果もあります。シェードツリーの種類によっては木材(燃料・建材)や食料(アボカドのようなフルーツやマカダミアナッツなど)をもたらします。果物などは生産者自身の食料にもなりますし、販売すればコーヒー以外の現金収入にもなります。

 

日陰栽培の農地でも自然の森林とは違う


 

 このように見てくると日陰栽培のコーヒー農地をどんどん増やすのがよいようにも思えます。しかし、一概にそうとも言い切れません。

 アグロフォレストリーを含む日陰栽培の農地もやはり自然林とは異なります。樹木をはじめとする植物の量の多さも種類の多様さも自然の森林には及びません。植物だけでなく動物や微生物の量・種類も同様です。生態系を保全するという意味では、日陰栽培の農地は決して自然の森林に代替できるものではありません。

 また、生態系の保全のためにコーヒー農地を自然の森林に近づけていくと、単位面積あたりで植えられるコーヒーの木は減っていきます。これは同じ面積の農地から得られるコーヒー生豆の量が減ることを意味します。そうなると生産量を維持するため農地を増やし、往々にして森林をコーヒー農地に転化することも起こります。増えた農地が日陰栽培の農地だったとしても、前述のとおり自然の森林の生態系をそのまま保持することはできません。生態系を守るために日陰栽培に転換した結果、自然の森林を減らすことになっては本末転倒です。単位面積あたりの収量が少ない農地への転換は、コーヒーに対する需要の増大と相まってコーヒー農地の大幅な増加をもたらすことが懸念されます。

 

重要なのはコーヒー農地を増やさないこと


 

 生態系を保全するためには、そもそもコーヒー農地を増やさないこと、特に森林をコーヒー農地に転化しないことが最も重要です。

 そのための方策は地域によっても異なります。たとえばアフリカやアジアの一部では、そもそも肥料や農薬が経済的な理由から手に入らず、施用できない地域も多くあります。こうした地域では、日常的に発生する生態系への負荷は単位面積あたりでは小さいかもしれません。しかし、生産性が低いため同じ量を生産するにはより多くの農地を必要とし、それが森林への圧力となります。農地を増やさずに収量や収益を上げていくため、肥料や農薬の適切な施用を含めた作物管理技術の高度化が必要です。それが農地の拡大を抑制し、全体として見れば森林やその生態系の保全や回復につながる地域も多いはずです。

 一方、すでに高い作物管理技術を有し集約化が進んでいて日常的な環境負荷の大きな農地では、一定程度の日陰栽培を導入することで収量を維持しながら環境負荷を減らすことができるかもしれません。気候変動の顕著化や化石燃料価格の高騰への対策として、シェードツリーの価値が見直され、これまで不要とされていた地域でも導入するメリットが出てきています。あるいは、むしろ逆に特定の農地で集約化をさらに進めることで収量を増やし、それで不要になった農地を森林などの自然保護区に戻すこともできます。このようにして得られた環境価値を訴求することができれば、生産量は同じでも環境価値が付加された分だけ収益を増やすことができるかもしれません。

 いずれにせよ、日陰栽培が生態系の保全を実現する唯一の方法ではない、ということです。特にコーヒーへの需要が増え続ける今日においてはそうです。日陰栽培だけで十分なコーヒーを供給することはできません。しようとすればコーヒー農地を余計に拡大させることにもなります。市場の動向や地域の特性に応じた戦略に基づき、さまざまな方法の最適な組み合わせによってコーヒー生産をすることが求められます。

 

 

 


伊藤 亮太(いとう りょうた)
株式会社堀口珈琲 取締役CFO ( 最高財務責任者 ) / CSO ( チーフ · サステナビリティ· オフィサー)
大学卒業後、宇宙開発事業団(現JAXA)に10年間勤務する。2002年にコーヒー業界へ転身し、2003年に堀口珈琲に入社。以来一貫して海外のコーヒー関係者との連絡調整を担当する。2013年4月から2020年6 月まで代表取締役社長を務め、2020 年 7 月より現職。

 

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